五島市管理職は「誰のため?」に仕事しているんですかね
以前の記事では、5,800万円の和解によって被害者相続人との訴訟は終結したものの、市が支払った和解金を元職員から回収する「求償権」の問題、そして「真の被害者は納税者である市民だ」という構造をお伝えしました。
今回は、議会において市(当時の総務企画部長)が語った答弁(画像参照)を紐解き、そこに潜む恐ろしい「論理のすり替え」について追求します。

市側の主張:「和解で約2,000万円減額されたから良し」?
議会で「和解に応じた理由」を問われた総務企画部長は、次のように答弁しています。
「第一審の判決に基づいて損害賠償金を支払うことになった場合、市の試算では約8,000万円の金額になると考えております。これと裁判所からの解決金5,800万円を比較した場合、約2,000万円以上減額されていることから、この減額部分については市の主張が認められたものと考えているためでございます。」
一見すると、「市が裁判で頑張ったおかげで、支払額を2,000万円も減らせてよかった」という説明に聞こえるかもしれません。
しかし、ここに決定的な論理の破綻があります。
「市の負担が減った」という説明の矛盾
もし市が議会や市民に対して「全額を元職員から回収(求償)する」と本気で説明しているのであれば、この論理は成り立ちません。
なぜなら、最終的に全額を元職員に支払わせる前提であれば、和解金が8,000万円だろうが5,800万円だろうが、最終的な「市の負担」はゼロになるはずだからです。

市が「約2,000万円減額されたから、市の主張が認められて負担が減った」と胸を張るということは、裏を返せば、次のような本心が透けて見える。
- 「元職員側に対する賠償額を、市の努力で減らしてやった」というポーズ
本来減額されたのは「元職員が背負うべき賠償義務の額」なのだ。市が「市の主張が認められた」と喜ぶのは、元職員側の負担軽減を後押ししたことと同義である。 - 「全額回収できないこと」を市自身が最初から確信している
「5,800万円を立て替えて支払っても、元職員から全額回収するのは困難である(=最終的に税金で補填することになる)」という前提があるからこそ、「立て替える金額自体が8,000万円から5,800万円に減って助かった」という思考になるのだ。

隠された「回収不能」のシワ寄せは市民へ
議会での答弁は、「市が支払う額を抑えられた」という言葉で繕われていますが、その実態は「元職員側の賠償負担を減らし、かつ回収しきれないツケを市民の税金で埋めることを容認した」ことに他なりません。
「和解で解決した」「市の手柄で減額できた」という美辞麗句に騙されてはいけない。負けを認めたってことに過ぎない。
元職員から全額回収できないと分かっていながら、甘い見通しで和解金を市が立て替え、その損失を市民に被らせようとするこの姿勢。これこそが、行政による不都合な真実の騙し戦法なのだ。

市民が選んだ「立派な東京の大学」を出ただけはある。
五島市長は本問題の入口と出口に於いて双方に誤ってしまったのだ。
「自分にも職員にも責任を負う必要はない!」つまり、市民が責任を負え(税金で肩代わり)って言ってんです。
馬鹿にされたもんだなぁ~
令和8年6月24日の市議会一般質問において、荒尾議員の質問に対し、出口市長は、次のように答弁しました。
「私はこの体制の中で、今いる職員、私たちも含めて責任を取ってもらうとか、そんなことは全く考えておりません。」
市長自身を含む現体制の理事者・職員について、責任を取ってもらうことは考えていないという答弁でありました。

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